2021年3月6日土曜日

バブル世代がバブル期を振り返る 1987年






自称バブル世代(1991年新卒;新人類ともいわれたが)がバブル時代(一応1986年~1991年)を実際に振り返ろう、とするシリーズ第二話です。日経平均も3万円を回復しましたしね(今また調整中ですが)。

主に政治経済面が中心になろうかと思います。

第一話ご参考

バブル世代がバブル期を振り返る 1986

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この年、鈴鹿で無双を誇った中島悟がついにF1デビュー、ホンダの後押しもあって、ジャパンマネーが世界進出するスポーツ面での大きな一歩となった(のちに三浦和がセリエAデビューとかあった)。

今は亡きF1界のスーパースター、アイルトン・セナとのツーショット。

今思えば、サッカーに例えると、日本代表のエースがスポンサーの後押しがあって、Jリーグ(日本のF3はもっとレベルは高いけど)からいきなりユベントスとかマンチェスターユナイテッドに移籍したようなもの。

(ちなみに当時はタバコ会社がF1の広告の大部分を担っていました。マルボロ、キャメル、ラッキーストライクなど、F1レースはタバコの広告合戦になっていました。BATPMとかの世界マーケティング戦略の場でもありました)

 

日本

なんといっても、国鉄→JRに民営化が成立したことではないでしょうか?

小学生のころ(1974年~79年ごろ)は毎年のように運賃値上げやストをやっていた記憶がありました。実家が田舎で、持病の蓄膿症(のちに花粉症と判明)の治療のため、国鉄で1駅程度離れた耳鼻科に通っていたので、初乗り運賃が上がっていって、小遣いが減るのが嫌だった(親からお金を渡され、治療費と電車代を除いた額はお小遣いとしてもらっていた)。

大韓航空機爆破事件

これは北朝鮮が大韓航空機を爆破させたテロ行為であり、その実行犯(北朝鮮人)が日本のパスポートを所有して、日本人から日本語の教育を受けていた、などが判明。これらのことから拉致事件の信ぴょう性が高まったことになった。ワイドショー的には大騒ぎだった(実行犯の一人金賢姫が意外と美人だという説もあった)。

なんでも北朝鮮が大韓航空機を原因不明の爆破事件を起こさせて、「こんなやばい国でオリンピック(ソウル五輪は1988年)はできないぜ」という世論を巻き起こすためだったとか。

世界

中距離核ミサイル全廃条約にゴルバチョフ・レーガンが調印

私にとって、バブル時代で、ゴルバチョフ、レーガン、サッチャー、中曽根、鄧小平は外せない人物です。当時、法学部法律学科に入学しても、法律に全く面白味を感じず、受験勉強で英語を勉強し、そのまま朽ちていくのはもったいない、と思っていたので、News Weekを梅田の紀伊国屋あたりで買って(洋書は高いんですよ)、1週間分を1月ぐらいかけて読んでしました。

ゴルバチョフのにこやか外交(ソ連の指導者ってスターリンのように冷徹で威張っているイメージしかなかった。今のプーチンも同じですね。しかし、ゴルバチョフは『ペレストロイカ』という開放路線を主張し、外資によりソ連経済を立て直そう、としたのです)についにレーガンが答えた、そんな印象でした。

(レーガンはソ連を「Evil Empire;悪魔の帝国」と決めつけ、ソ連を締め上げていました。ちょうどトランプ元大統領が中国共産党を締め上げるような感じです)

これは、欧州における核ミサイルの脅威を廃絶することが目的で、当時はへえ~って感心していました。

何しろ、核の脅威は原爆から核シェルターまでいろんなところで聞かされていましたから。小学生の修学旅行で広島の原爆記念館を見学したあとに、「広島原爆の何十倍の威力をモスクワから発射して東京タワーを狙ったら、外れてもわずか数キロ程度」とICBMは解釈されていて、ノストラダムスの大予言なんかもあって、結構ビビっていました。

 

そして、なんといってもブラックマンデー 株式投資家にはこれしかありませんね()

1987年のダウ平均チャートです。1019日の月曜日にダウ平均が突如として22.6%も下落しました。

1982年を底に、インフレが収まり始めて、株価はぐんぐん上昇し始めました。あのピーターリンチさんもさすがにビビったようでしたね。

1987年はそれでもダウ平均は年2.2%の上昇で終わっています。

当時は(今思えば大変恥ずかしいのですけど)久米宏のニュースステーションを見ていて、盛んに報道していたのを記憶していますが、株式市場には全く興味がなかったので、大変だなあ、というぐらいの感じでした。

日本市場もブラックマンデーで調整されて、ある程度相場警戒感が薄れて、いよいよバブル相場に向かう、そんな感じになったと思います。

 

あとは、そう、あのエイズ騒ぎが本格化して、たまたま私がは大学の一般教養で取得した学科の講師が詳しく解説してくれたので、感染予防がわかった、という感じでした。当時は接触すれば感染するとか、まことしやかに言われていて、エイズが発症すると死に至る、と言われ、デビットボウイとかがエイズ患者ではないか、など、何を信じていいのかよくわからない状況になったりしました。

コロナという感染病と相場急落、という点において、1987年は2020年に似ていますが、米ソ冷戦で米国民主主義・資本主義がソ連の共産主義を土俵まで追い詰めた1987年と、かなり左寄りの米民主党バイデン政権誕生と中国共産党の横暴が顕在化した2020年という政治イデオロギーでは反対の感じになっています。

大変長くなりましたが、1988年を次回回想してみたいと思います。



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2 件のコメント:

  1. 1990年頃に米国株を買おうとした場合、証券会社の窓口では買えたのでしょうか。店頭売買とかでダウ平均採用の30銘柄とかなら買えたとか、そういう世界でしょうか。

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    1. 証券会社の者ではないので、詳しく存じませんが、確か大手証券の窓口で手続きさえできれば買えた、と聞いたことがありました。ただ、当時アメリカ株を買う、売る(一般個人に売る)という発想が証券会社にも個人投資家にも希薄だったと思います。

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